広島高等裁判所岡山支部 平成9年(ネ)141号 判決 1998年9月29日
甲事件控訴人
松本春枝
外八名
乙事件控訴人
荒木智眞
外一〇名
(以下、甲・乙事件各控訴人を事件毎に区別しないときは、単に控訴人という)
右控訴人ら訴訟代理人弁護士
鵜野一郎
同
松田敏明
同
幸田勝利
同
稲毛一郎
同
松村廣治
甲・乙事件被控訴人
日蓮正宗
右代表者代表役員
阿部日顕
甲・乙事件被控訴人
妙霑寺
右代表者代表役員
横田智研
(以下、甲・乙事件被控訴人を単に被控訴人という)
右被控訴人ら訴訟代理人弁護士
奥津亘
同
大石和昭
同
小長井良浩
同
西村文茂
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、各自、
甲事件控訴人畝木良子に対し金三〇〇万円及びその余の同事件控訴人らに対し各金二五〇万円並びに右各金員に対する被控訴人日蓮正宗について平成五年六月五日から、被控訴人妙霑寺について同月四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を、
乙事件控訴人らに対し各金二五〇万円及び右各金員に対する被控訴人日蓮正宗について平成六年五月二六日から、被控訴人妙霑寺について同月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を、
それぞれ支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文同旨
第二 当事者の主張
以下のとおり付加訂正するほか、原判決の事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
1 原判決一〇頁三行目から四行目にかけて「五〇万円」の次に「(ただし、控訴人畝木のみ二基分契約し一〇〇万円)」を加える。
2 同一〇頁四行目「遺骨」の前に「控訴人畝木、同菊井、同立川、同赤井、同中庭は、亡くなった近親者の」を加える。
3 同一二頁六行目「承知していた」の次に「(被控訴人寺院は、本件納骨室の運営開始前の昭和五九年四月三日、墓埋法一〇条所定の許可申請書を岡山県知事に提出したが、付近住民全員の同意書を添付することができなかったため、許可の要件が整っていないとの理由で、右申請書は同年九月一九日付けで被控訴人寺院に返戻された)」を加える。
4 同一二頁九行目「契約しなかった」の次に「ものであり、甲事件控訴人らは、平成六年二月二日到達の内容証明郵便により、乙事件控訴人らは、同年三月九日到達の内容証明郵便により、それぞれ被控訴人寺院に対し、本件納骨ロッカーに関する永代使用契約を取り消す旨の意思表示をした」を加える。
5 同一三頁末行「承認指導監督」の次に「を行う」を加える。
6 同一五頁一行目「現に」から二行目「行っていた」までを以下のとおり改める。
「現に控訴人畝木、同菊井、同立川、同赤井及び同中庭は納骨ロッカーに亡くなった近親者の遺骨を収蔵し追善回向を行っていた。また、控訴人松本は亡夫の遺骨を被控訴人寺院に預けたが、右遺骨は一時預かりとされ、納骨ロッカーに収蔵されなかった」
7 同一七頁一行目「五〇万円」の次に「(ただし、控訴人畝木については二基分として一〇〇万円)」を加える。
8 同一七頁一行目「遺骨」の前に「控訴人畝木、同菊井、同立川、同赤井、同中庭は、亡くなった近親者の」を加える。
9 同一七頁二行目末尾の次に以下のとおり加える。
「控訴人らが被控訴人寺院に納付した五〇万円あるいは一〇〇万円は、供養料である。」
10 同一八頁末行「本訴弁論終結段階」から一九頁一行目末尾までを以下のとおり改める。
「平成八年一一月二五日、右許可(岡山市長の許可)がなされた。」
11 同二〇頁四行目「原告広滝を除く」を「ただし、控訴人広滝についてはその母である広滝ヨシエ」に改める。
12 同二〇頁六行目「遺骨」の前に「控訴人荒木、同村上、同藤田、同蜂須賀、同石居、同森田、同掛屋、同藤原は、亡くなった近親者の」を加える。
13 同二一頁四行目「相続取得」の前に「右納骨ロッカー永代使用権を」を加える。
14 同二二頁九行目「被害を被った」の次に「(ただし、控訴人広滝は、亡母の被った損害の賠償請求権を相続によって取得した)」を加える。
15 同二三頁末行「原告広滝を除く」を「ただし、控訴人広滝についてはその母である広滝ヨシエ」に改める。
16 同二四頁二行目「遺骨を納骨したこと」を「控訴人荒木、同村上、同藤田、同蜂須賀、同石居、同森田、同掛屋、同藤原が亡くなった近親者の遺骨を納骨し、広滝ヨシエの相続人である控訴人広滝が亡母の遺骨を納骨したこと」に改める。
17 同二四頁二行目末尾の次に以下のとおり加える。
「控訴人らが被控訴人寺院に納付した五〇万円は、供養料である。」
(当審における控訴人らの新主張―被控訴人寺院の瑕疵担保責任)
1 本件納骨室は、墓埋法一〇条所定の許可を受けていなかったという隠れた瑕疵があり、このため控訴人らは近親者の遺骨を収蔵するという契約目的を達成できなかった。
2 甲事件控訴人らは、平成六年二月二日到達の内容証明郵便により、また乙事件控訴人らは、同年三月九日到達の内容証明郵便により、それぞれ被控訴人寺院に対し、本件納骨ロッカーに関する永代使用契約を解除する旨の意思表示をした。
よって、控訴人らは、被控訴人寺院に対し、瑕疵担保責任に基づき、控訴の趣旨(第一の一の2)に記載のとおり、永代使用料各五〇万円(ただし控訴人畝木は二基分一〇〇万円)の返還及び慰謝料各二〇〇万円の支払並びに右各金員に対する各訴状送達の日の翌日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被控訴人寺院の答弁)
1 右1のうち、本件納骨室が右許可を受けていなかったことを認め(ただし平成八年一一月二五日に右許可を受けた)、これが隠れた瑕疵にあたるとの主張は争う。
2 (被控訴人寺院は、右2の事実を明らかに争わない。)
理由
第一 甲事件についての本案前の答弁について
被控訴人らは、本案前の答弁の理由のとおり、本件訴訟は、創価学会と被控訴人日蓮正宗の対立を背景として、創価学会に属する甲事件控訴人らが被控訴人日蓮正宗とこれに属する被控訴人寺院に対する嫌がらせのため、ささいな行政法規違反を理由として提起したものであり、同種訴訟が全国各地に多発することにも鑑みれば、訴権の濫用であり、訴訟上の信義則に反するので、却下されるべきであると主張する。
しかしながら、甲事件控訴人らの請求は不法行為(被控訴人寺院についてはさらに瑕疵担保責任)に基づく損害賠償請求であり、本件訴訟が法律上の争訟であることは明らかであって、訴えの提起された当時被控訴人寺院の納骨室について墓埋法所定の許可がなされていなかった事実などに照らして考えると、本件訴えの提起をもって訴権の濫用と認めることは困難である。
よって、被控訴人らの本案前の答弁は理由がない。
第二 本案(甲・乙事件)について
一 控訴人らの請求原因の1の事実(甲・乙事件共通)、甲・乙事件の各請求原因2の事実のうち控訴人ら(ただし、控訴人広滝についてはその母である広滝ヨシエ)が被控訴人寺院から控訴人ら主張のとおり客殿の一画に存する納骨室(以下「本件納骨室」という)内の納骨ロッカー(以下「本件納骨ロッカー」という)一基宛の提供を受け、被控訴人寺院に対し五〇万円(ただし、控訴人畝木のみ二基分の提供を受け一〇〇万円)を支払い、控訴人ら主張のとおり近親者の遺骨を納骨した事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 前記争いのない事実、証拠(甲一、二の1・2、三ないし五、六の1・2、七ないし二五、二六の1ないし5、二七ないし四八の各1・2、四九ないし五一、五二の1ないし3、五六ないし五八、六〇、六一の各1・2、六三ないし六六、六七の1ないし4[六七の4は、六八の1によりその成立を認める。]、六八の1・2、乙二、三、八、九、一一、一二、一四、一五ないし二〇の各1・2、二一ないし二四、二五の1ないし3、二六、二七の1ないし5、二八、二九の1ないし9、三〇の1ないし3、三一、三三の1ないし3、三四ないし三七、三八の1ないし3、三九、四〇の1ないし13、四一の1・2、四二、四三、四八、控訴人松本本人、被控訴人寺院代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 被控訴人日蓮正宗は日蓮を宗祖とする宗教法人であり、被控訴人寺院は被控訴人日蓮正宗に属する寺院である。控訴人らは、控訴人寺院の信徒であるとともに、被控訴人日蓮正宗の信徒によって構成されていた創価学会の会員である。
2 創価学会は、かねて被控訴人日蓮正宗の信徒団体として、被控訴人日蓮正宗の教義の普及に尽力してきた。しかし、平成二年ころ、被控訴人日蓮正宗が創価学会名誉会長・池田大作の言動を批判して以来、被控訴人日蓮正宗と創価学会との間で対立が生じた。被控訴人日蓮正宗は、平成三年一一月に創価学会を破門し、平成四年八月には創価学会名誉会長・池田大作を信徒から除名して、両者の対立は激しくなった。
3 被控訴人寺院は、昭和三一年に創価学会の発願により岡山市清心町内に建立され、昭和三二年に宗教法人として法人格を取得した。同被控訴人建立以来の住職は横田智研(以下「横田住職」という)であり、法人設立に際しては横田住職が代表役員となった。同被控訴人の本堂床下には納骨施設が設置され、信徒から納骨を受けた遺骨を収蔵していたが、右納骨施設については墓埋法一〇条所定の許可を受けていなかった。
4 被控訴人寺院は、信徒の増加に伴い、信徒三七年に肩書所在地に土地を取得し、昭和五一年に同所に本堂を新築して移転した。移転後の本堂床下にも納骨施設が設置され、信徒から納骨を受けた遺骨を収蔵していたが、右納骨施設についても前記許可を受けていなかった。
5 昭和五九年一月一二日、被控訴人寺院は、責任役員会において、同被控訴人境内地内に本堂を隣接して客殿及び納骨堂を建設することを決定した。責任役員会は、代表役員である横田住職と創価学会会員である信徒総代三名で構成されていた。同被控訴人は、建設会社従業員に手続を代行させて、同年四月三日、右納骨堂につき岡山県知事に対し墓埋法一〇条所定の許可申請書を提出した。
6 岡山県知事は、右許可申請書につき、被控訴人寺院に対し、右納骨堂から五〇メートル以内の全世帯の同意を得るよう指導した。同被控訴人は、建設会社従業員に依頼して近隣住民に同意を求めたが、住民の一部の反対によりこれを得ることができなかった。このため、同被控訴人は前記許可を受けることができず、同年九月一九日ころ、前記許可申請書は同被控訴人に返戻された。
7 昭和五九年七月三〇日、被控訴人寺院は、責任役員会において、前記の建設計画を変更し、独立した納骨堂の建築を断念して客殿内の一画に本件納骨室を設ける旨決定した。同年一一月、同被控訴人は、右変更後の建築計画により客殿の建築確認を受けた。同被控訴人は本件納骨室設置につき墓埋法一〇条所定の許可申請をせず、右本件納骨室は設計図面においては仏具庫と表示されていた。右許可を受けないことにつき責任役員や信徒から何ら異議は述べられなかった。
8 昭和六〇年六月、客殿が完成し、被控訴人寺院は、同被控訴人及び被控訴人日蓮正宗の僧侶、信徒及び関係者を招いて落慶法要をした。被控訴人寺院の責任役員・清水茂正は、右法要において、客殿(本件納骨室を含む)の建立が総代会及び信徒総会を経てなされた旨報告した。客殿内の本件納骨室には本件納骨ロッカー二八八個が二段に並べて設置され、本件納骨ロッカーは金属製で施錠されるようになっており、その鍵は二本あり、一本は納骨した信徒が、もう一本は被控訴人寺院が保管するものとされた。被控訴人寺院は、本件納骨ロッカーにつき、信徒が近親者の遺骨を納骨したときは追善供養をするとして、永代使用料を五〇万円と定め、信徒に対しその使用を勧めた。
9 昭和六〇年六月から平成二年七月にかけて、控訴人ら(ただし、控訴人広滝についてはその母である広滝ヨシエ)は、被控訴人寺院との間で、順次、本件納骨ロッカーに関し永代使用契約(以下「本件契約」という)を締結し、永代使用料五〇万円(ただし、控訴人畝木のみ二基分の契約をしたので一〇〇万円)を支払った。その後、控訴人畝木は亡父、同菊井は亡父母、同立川は亡夫、同赤井は亡夫、同中庭は亡母、同荒井は亡母、同村上は亡母妻、同藤田は亡妻、同蜂須賀は亡父母と亡夫の先妻、同広滝は亡母(広滝ヨシエ)、同石居は亡妻、同森田は亡父母、同掛屋は亡夫、同藤原は亡父母の遺骨をそれぞれ納骨し、本件納骨ロッカーに収蔵した。なお、控訴人松本は、亡夫の遺骨を被控訴人寺院に預ける際、一時預かりを希望したため、右納骨は一時預かりとされて本件納骨ロッカーに収蔵されなかった。
10 控訴人らは、被控訴人寺院との間で本件契約を締結するに際し、横田住職に対し、本件納骨室につき墓埋法一〇条所定の許可を受けたかどうか尋ねず、横田住職も右許可を受けていないことを説明しなかった。その後も控訴人らは、後記永代使用料の返還催促をするまで、本件納骨室が右許可を受けているかどうかを問題としなかった。横田住職は、控訴人らから納骨された遺骨については、納骨原簿に記載して追善供養をした。
11 前記のとおり、被控訴人日蓮正宗は、平成三年一一月に創価学会を破門し、平成四年八月には創価学会名誉会長・池田大作を信徒から除名し、以後、創価学会との間で激しい対立を生じた。平成四年九月、控訴人の一部を含む者らは、被控訴人寺院に対し、本件納骨ロッカーを返還するので前記永代使用料を返還するよう請求した。被控訴人寺院は、右請求に応じられない旨回答した。
12 平成四年一二月ころ、被控訴人寺院は、本件納骨室の経営につき保健所に相談するよう被控訴人日蓮正宗から指示を受けた。平成五年一月ころ、横田住職は、保健所に相談し、その指示に従って、本件納骨室設置につき近隣住民の同意書を集めようとしたが、一旦同意した住民が創価学会会員の説得活動により同意を撤回し、その目的を達成することができなかった。そのころから、被控訴人寺院は納骨された遺骨の返還を開始した。
13 平成五年二月、近隣の創価学会会員が、被控訴人寺院に対し本件納骨室の撤去を申し入れ、かつ、横田住職につき無許可で本件納骨室を経営したとして墓埋法違反の罪で告発した。右告発にかかる墓埋法違反の罪について、横田住職は、平成五年一一月、不起訴処分となった。平成五年五月に本件訴訟のうちの甲事件が提起され、平成六年四月に本件訴訟のうちの乙事件が提起された。
14 平成八年六月、被控訴人寺院は、岡山市長(平成六年四月一日以降、許可権限を有する者は岡山県知事から岡山市長になった)に対し、本件納骨室経営につき墓埋法一〇条所定の許可申請をした。岡山市長は、右許可申請につき近隣住民の同意を求めず、同年一一月二五日付けでこれを許可した。
三 被控訴人ら及び控訴人らの主張について判断する。
1 被控訴人らは、本件納骨室は被控訴人寺院の信徒のみを対象とする宗教上の施設であるから、墓埋法二条六項所定の納骨堂に当たらないと主張する。
墓埋法の目的・趣旨は国民の宗教的感情及び公衆衛生その他公共の福祉の保護にあると解されるから(同法一条)、納骨施設が宗教上の施設であるとしても同法の規制を受けると解すべきである。
ところで、被控訴人寺院は、前記認定のとおり、昭和六〇年六月に同寺院境内地に建てられた客殿内に本件納骨室を設けて本件納骨ロッカーを置き、信徒から納められた遺骨を本件納骨ロッカーに保管して、右遺骨について追善供養を行うとともに、本件納骨ロッカーの永代使用料として信徒から一基宛五〇万円を徴していた。右事実によれば、本件納骨室は、同被控訴人の宗教上の施設であるとしても、同被控訴人の信徒である他人の委託を受けて焼骨を収蔵する納骨施設と認められる。
よって、本件納骨室は墓埋法二条六項所定の納骨堂にあたり、これを経営するには同法一〇条所定の許可を要すると解される。
したがって、被控訴人らの右主張は理由がない。
2 控訴人らは、被控訴人寺院が、本件納骨室経営につき墓埋法一〇条所定の許可を受けず、また許可を受けることが不可能であることを十分知りながら、これらの事実を秘し、あたかも許可を受けたかのように装って、控訴人らを欺罔し、その旨控訴人らを誤信させて、本件契約を締結させた旨主張する。
前記認定のとおり、被控訴人寺院は、岡山市清心町内に本堂があったころから本堂床下において墓埋法一〇条所定の許可を受けずに納骨施設を経営してきたこと、被控訴人寺院が現在地に移転した後、当初、責任役員会において客殿とともに納骨堂を建築することを決定し、右納骨堂について墓埋法一〇条所定の許可申請をしたが、近隣住民の同意が得られなかったため、右許可を受けることができなかったこと、被控訴人寺院は、建築計画を変更して客殿内に本件納骨室を設ける旨決定した後、本件納骨室について墓埋法一〇条所定の許可申請をしなかったこと、客殿内に設けられた本件納骨室は、設計図面において仏具庫と表示されていたこと、責任役員・清水茂正は、客殿(本件納骨室を含む)の落慶法要において、右建立が総代会及び信徒総会を経てなされた旨報告したこと、被控訴人日蓮正宗が創価学会と激しく対立するまでの間、本件納骨室が右許可を受けていないことにつき責任役員や信徒から問題にされた形跡がないことが認められる。
右各事実によれば、横田住職及び被控訴人寺院の責任役員らは、本件納骨室の設置・経営には墓埋法一〇条所定の許可を要することを知りながら、本件納骨室につき近隣住民の同意を得られる見込みが乏しかったので、右許可を受けずに本件納骨室を設置・経営し、一般信徒も、これを容易に知りうる状態にありながら、これに関心を持たず、問題にしなかったと認めるのを相当とする。
横田住職は、客殿建築当時、本件納骨室の設置・経営につき右許可を受けることが必要であるとは知らなかったと供述し同旨の書面を作成しているが(乙四三、被控訴人寺院代表者本人)、前記認定のとおり、当初建築を計画した納骨堂について右許可申請を行っていること及び本件納骨室設置の経緯に照らし信用できない。
また、責任役員・清水茂正の作成した陳述書(甲五九の1)には、前記各責任役員会が開催されておらず、本件納骨室の無許可経営は、横田住職の独断専行によるものである旨の記載があるが、前記各責任役員会の議事録(乙二一、三一)及び清水自ら落慶法要において前記報告をしたことに照らし、信用できない。なお、清水は、昭和五九年一月一二日の責任役員会当日は東京に出張していたことがうかがわれるが(甲五三、五九の1)、同人が右責任役員会に自ら出席しなかったとしても、これが開催されたことを知り、かつ、代理人によるなどしてその議事に賛成する旨意思表示したことが推認されるので(乙二一)、前記認定を左右するに足りない。
前記認定したところによると、被控訴人寺院は、控訴人らとの間で本件契約を締結するに際し、本件納骨室につき前記許可を受けたかのように欺罔する必要はなかったと認められるし、また、控訴人あるいはその親族作成の陳述書(甲二七ないし四八の各1)及び控訴人松本本人の供述中にも、横田住職や責任役員に具体的な欺罔行為があったとする部分はなく、その他右欺罔行為を認めるに足りる的確な証拠はない。よって、被控訴人寺院につき控訴人ら主張の欺罔行為を認めることはできない。
3 控訴人らは、被控訴人寺院の過失による不法行為の成立を予備的に主張するので検討する。
前記認定のとおり、被控訴人寺院は、本件納骨室経営につき墓埋法一〇条所定の許可を要することを知りながら、右許可を受けずに控訴人ら(ただし、控訴人広滝についてはその母である広滝ヨシエ。以下同じ)との間で本件契約を締結した。そうすると、本件契約の締結は墓埋法に違反していたのであるから、控訴人らにおいてこれによる被侵害利益があるとすれば、被控訴人寺院につき、少なくとも過失による不法行為が成立すると考えられないでもない(控訴人らの主張にはその旨も含まれていると解される)。そこで、控訴人らに右被侵害利益があるかどうかについて検討する。
墓埋法の目的・趣旨は国民の宗教的感情及び公衆衛生その他公共の福祉の保護にあると解されるところ、前記認定のとおり、本件納骨室は被控訴人寺院の境内地内の客殿の一区画であり、外部の者の目に直接触れるとは認め難いこと、本件納骨室内の納骨ロッカーは施錠可能な金属製ロッカーであり、同ロッカーに収蔵された遺骨は同被控訴人において納骨原簿に記載して管理していたこと、本件納骨ロッカーに収蔵された遺骨は被控訴人寺院の信徒の近親者の遺骨であり、同被控訴人において追善供養を営んでいたこと、本件納骨室について、その構造・設備について不備ないし欠陥を指摘されることなく、平成八年には墓埋法一〇条所定の許可を受けたことが認められる。
右各事実を鑑みると、本件納骨室の経営が国民の宗教的感情及び公衆衛生その他公共の福祉を侵害したとは認め難い。そして、控訴人らの宗教的感情等についてみても、前記認定のとおり、控訴人らは近親者の遺骨を被控訴人寺院に追善供養してもらう目的で本件契約を締結したこと、控訴人らの多くは実際に近親者の遺骨を本件納骨ロッカーに納骨して同被控訴人に追善供養をしてもらっていたこと、被控訴人日蓮正宗が平成四年八月に池田大作を除名するまでの間、控訴人らが本件納骨室の経営に何ら苦情を述べた形跡はないことに照らせば、控訴人らの宗教的感情等が侵害されたとは認め難い。
控訴人らは、平成四年から平成五年にかけて本件納骨堂が前記許可を受けていないことを知って精神的苦痛を受けた旨主張し、これに沿う証拠(甲二七ないし四八の各1、控訴人松本本人)があるが、控訴人らが右事実を知ったという時期、被控訴人日蓮正宗と創価学会の対立状況及び控訴人らが創価学会に所属していることに照らすと、右各証拠をにわかに採用することはできない。また、控訴人松本の供述中には、亡夫の遺骨が同控訴人の意思に反して一時預かりとされ、本件納骨ロッカー内に収蔵されていなかった旨の部分があるが(控訴人松本本人)、同控訴人自身が殊更に一時預かりを希望した旨の被控訴人寺院代表者本人の陳述書の記載及び供述(乙二六、本人尋問の結果)に照らし、同控訴人の右供述をにわかに信用することはできない。
以上によれば、本件契約の締結により、控訴人らにつき、権利ないし法的に保護されるべき利益が侵害されたと認めることはできない。よって、控訴人ら主張の過失による不法行為を認めることはできない。
4 控訴人らは、当審において、被控訴人寺院が本件納骨室につき墓埋法一〇条所定の許可を受けていなかったことは、本件契約の目的物である本件納骨ロッカーの隠れた瑕疵にあたると主張する。
しかしながら、隠れた瑕疵とは当事者が容易に知り得ない瑕疵をいうと解されるところ、前記認定のとおり、本件契約当時、控訴人らは本件納骨室につき前記許可を受けていないことにつき容易に知りうる状況にありながら、とくにこれを問題としていなかったのであるから、本件納骨室につき前記許可を受けていなかったことが瑕疵に当たるとしても、これが隠れた瑕疵とはいえないことが明らかである。
したがって控訴人らの右主張は理由がない。
5 以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、控訴人らの被控訴人寺院に対する不法行為及び瑕疵担保責任に基づく請求は理由がない。また、控訴人らの被控訴人日蓮正宗に対する不法行為に基づく請求は、被控訴人寺院の不法行為に関する監督責任を問うものであるから、その前提を欠き理由がないことが明らかである。
第三 結論
以上によれば、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官妹尾圭策 裁判官上田昭典 裁判官市川昇)